錦光山和雄の「粟田焼&京薩摩」Blog

京都粟田窯元で「京薩摩」の最大の窯元であった錦光山宗兵衛の孫によ

芥川賞受賞作『DTOPIA(デートピア)』

    この小説のタイトルは、『DTOPIA(デートピア)』であって、悪夢のような暗黒世界をあらわす『DYSTOPIA(ディストピア』ではありません。冒頭に、なぜこんなことを書くのかといいますと、わたしが勘違いしていたからです。

 


 なお、この文章には一部ネタバレがありますので、ネタバレがいやな方はこの先をお読みにならないでください。

 まず、この小説は、ポリネシアに浮かぶリゾートアイランドのボラ・ボラ島で開催され、世界に配信・放映される恋愛リアリティショウの場面から始まります。この恋愛リアリティショウは、世界各地から選ばれた10人の男たちが一人の美女をめぐって求愛し争うというもので、そのなかの一人が「Mr.東京」として参加している井矢汽水で、キースと呼ばれる男です。

 このキースを「おまえ」と呼ぶ、この小説の語り手であるモモが、途中から登場してきます。

 それは、12年前の東京が舞台です。13歳のモモは、「ヒゲは伸びてくるのが気持ち悪い」「体だけ時間を止めたい」「それでおまえにだけ、つい打ち明けたんだった」と、男性であることの違和感があることを14歳のキースに言うのです。するとキースは「睾丸を取ったら男性ホルモンが出なくなる」と答えます。


 そして学校のプール棟の更衣室で、キースはモモの睾丸の摘出を行うのです。「左を摘出したところで、モモはギブアップした。おまえは目に自信を湛えていたけど、さすがに汗が浮かんでいた。カッターを置き、手術台代わりのゴミ袋の上で、カッターはペシャと音をたてた」と、モモはキースにより片方の睾丸を切除されたことが明らかになります。


 その後、キースは、他の人の睾丸摘出を頼まれてするようになり、ネット上で「睾丸を摘出する少年」として、レゴ公園での暴行事件や同性愛などの芋ずる式のフェイク情報に晒されて、非難やからかいの対象として数年を過ごすのです。そして摘出された睾丸は渋谷にある大麻用のパイプ専門店のなかで人工水晶のなかに閉じ込められて展示されるのです。

 

 モモは「おまえはあのとき、モモに何をしたのか?」その答えが捻じ曲げられていく過程そのもののような投稿を前にして、焦り、許せなさに駆られたりするが、キースは「怪物」などではなく、「暴力」から「暴」を取ってくれる場所を目指して旅に出て、ボラ・ボラ島で12年後にふたりは再会するのです。

 

 その他いろいろなエピソードが過剰なほど繰り出されて、その文章の疾走感にはスピードとエネルギーが感じられ、またネットやいま流行りのものがたくさん盛り込まれていて、この小説がいまの時代を切り取っている感、満載であります。


 ただ、いろいろなエピソードが露悪的であるほど、この著者は根が善良というか露悪的ではないのではないかと思わせるところがあり、読後なにかが残るかというとそうでもないと感じるのはわたしだけでしょうか。むしろ小説的にはもっとディストピアの方は心に刺さったかもしれません。

 

   あるいはそれは、某大統領がロシアが望めばウクライナ全土を手に入れられると言ったり、ミャンマーで日本人高校生が誘拐され詐欺に加担させられているなど、悲しいことでありますが、あまりに現実の世界が、『DTOPIA(デートピア)』ならぬ、暗黒世界のDYSTOPIA(ディストピア)になっているためかもしれません。

 

 

 

 

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