錦光山和雄の「粟田焼&京薩摩」Blog

京都粟田窯元で「京薩摩」の最大の窯元であった錦光山宗兵衛の孫によ

横山美術館「京焼」展がNHK日曜美術館「アートシーン」で紹介予定

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  ©横山美術館 錦光山宗兵衛「盛上網文葡萄図花瓶」

  Kinkozan SobeeⅦ Vase with mesh and vine design,Moriage

 

 来週4月12日(日)、NHK(Eテレ)日曜美術館の「アートシーン」にて

名古屋の横山美術館様の「京焼ーその技が歴史をつくる」展の下記の内容などが紹介

される予定です(内容変更の可能性もあります)。

 

 その概要といたしましては、 

 ・横山美術館様が近代京焼の展覧会を開催していること

 ・高級陶磁器であった京焼が明治維新で購買層を失い、海外市場に目を向けたこと

 ・京都の匠の雅やかさに西洋風の感覚を加え、海外で高い評価を得たこと

 ・欧米の好みを分析し、アールヌーヴォー様式を採り入れたこと

 ・開催日程の紹介 

   という予定になっているようです。

 

  紹介される作品としましては、

 ①冒頭の画像の錦光山宗兵衛「盛上網文葡萄図花瓶」

 ②錦光山宗兵衛「上絵金彩花蝶図花瓶」

 ③錦光山宗兵衛「上絵花尽図花瓶」

 ④帯山与兵衛「上絵金彩花鳥図花瓶」など4点

 ⑤諏訪蘇山「透彫葡萄図花瓶」 

 という予定になっているようです

 

 横山美術館様から送っていただいた「京焼ーその技が歴史をつくる」展の図録を見て

みますと、いずれも素晴らしいもので、今から放映されるのが楽しみでなりません。

 

 新型コロナウイルスの影響で外出を自粛されている方が多いという時節柄でもござい

ますので、皆様、ご興味があり、ご都合がよろしければ是非ともご覧いただきたいと存

ます。よろしくお願いいたします。

 

 ©錦光山和雄AllRightsReserved

 

 

 

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#陶芸 #焼物 #錦光山 #帯山与兵衛 #諏訪蘇山

#pottery  #porcelain  #SATSUMA

 

 

 

わが恩師西川潤先生を偲ぶ:地球を破滅から救うために 

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  わたしの恩師、早稲田大学政経学部名誉教授の西川潤先生は、国際経済分野で高名な経済学者でした。

 その西川潤先生が2018年10月2日、Global Social Economy Forumという国際フォーラムに参加するため訪れていたスペイン・ビルバオ市にて永眠されました。

   昨年12月21日に「西川潤先生を偲ぶ会」が開催されましたので、この場であらためて先生を偲びたいと思います。

 

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 西川潤先生とわたしの関係は、学生時代、経済学徒として劣等生であったこともあり、あまりご縁がなかったのですが、80年代後半にわたしがロンドン駐在員のときに、先生ご夫妻がロンドに来られた際にご一緒に食事をしましたが、それ以外特に交流はありませんでした。

 その後、1999年に先生のお父様の西川満様がお亡くなりになり、ご葬儀でご自宅にお伺いした際に、「人間の星」という冊子を何冊かいただきまして、そのなかに西川満様のとてもロマンチックでエキゾチックな詩が載っておりまして、西川満様はどんな経歴をお持ちの方なのかと興味を持った記憶がございます。

 それから2018年2月にわたしが祖父の評伝であります「京都粟田焼窯元錦光山宗兵衛伝」を上梓いたしまして、西川先生に読んでいただきましたところ、過分なお褒めのお言葉をいただき、また京薩摩に大変興味をお持ちになられて、京都の清水三年坂美術館や京都国立近代美術館に行かれて錦光山宗兵衛の作品をご覧いただいたり、京薩摩を取り上げた「美の壺」や「美の巨人たち」をご覧いただきました。

 その際にいただいた西川先生のコメントを引用させていただきたいと思います。

 

1月5日NHKスペシャルの「美の壺」明治150年特集を見ました。ご曾祖父さまの粟田焼をはじめ、七宝、着物等、明治日本の興隆を支えた匠たちの入念、細密な仕事に感銘しました。まさに超絶技巧ですね。現代にそれを引き継ごうとする志を持つ人たちが出ていることにも感心しました。ご著書はそうした日本人の内発性を若い世代に引き継ぐ意味でも待望されていることと拝察します。台湾でも、かつては日本人の統治はすべて悪という「国民党史観」が支配的でしたが、21世紀に入り、日本統治も自分たちの心性を形成する一部と考える「台湾人本土思考」が強まってきて、日本人作家の位置付けも変わってきたようです。

 

(8月)4日土曜日、テレビ東京美の巨人たち」の放映、拝見しました。七代宗兵衛の花見図花瓶をモチーフに、細密技巧の展開が世界から珍重される芸術品を生み出したとする構成は、京薩摩の特性をよくとらえ、興味深いものでした。しかしそれにとどまらず、明治日本の興隆を殖産興業面でになった京粟田焼産業の興衰が読みとれる構成になっていて、感心しました。工芸産業の興隆が、市場需要と共に、日本の伝統的技法とあわせて海外の技術動向の摂取に努めた「美の巨人」六代、七代の錦光山宗兵衛の手によって実現したことも説得的でした。30分と言う時間は、テレビでは長いともいえ、また短いともいえ、やはり、学兄の綿密な京薩摩研究がベースにあるだけに、短い時間にメッセージがよく読み取れました。学兄のコメントも適切でした。内発的発展のお手本のような番組を見せて頂き、とりあえずお礼を申し上げます。

 

昨日(2018年4月20日)、学会で関西に参り、京都国立近代美術館の「明治150年」展を見てきました。3Fの「明治の工芸」の部屋に入ったとたん、七代目近代宗兵衛の燦然と輝く香炉が眼に飛び込んできました。遠方からもすぐそれと判りました。大鉢と花瓶もすばらしいですね。気高い品のある金襴は、粟田焼独自のものですね。欧米で珍重された理由が、理解できます。珍しい絵図の展示も、入念な下絵の準備の上に超絶技巧の陶磁器が制作されたことを示し、輸出品に立ち向う工芸家の真剣な姿勢を伝えてくれます。出口のショップには学兄の『錦光山宗兵衛伝』が山積みとなっていました。錦光山窯と明治工芸ワールドに浸った至福の半日でした。

 

 西川先生とのこうしたやり取りのなかで、わたしがお父様の西川満様のご著書を拝見させていただきたいとお願いしましたところ、陳藻香女史の「西川満研究」や限定本「自伝」、「わがふるさと会津」などいくつかのご著書ならびに関連資料をお送りくださったのです。

 

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 それらのご著書を読んでわかりましたことは、西川満様の曾祖父の秋山彦左衛門さまは会津藩士で戊辰戦争の時に鶴ケ城で戦死され、また祖父の秋山清八さまは敵の銃弾を腿に受け負傷されたのですが、後に会津若松の初代市長になられ、会津を立て直すには人材の育成しかないと育英事業に生涯を捧げられた方であるということでした。

 また西川先生のお父様の西川満様は明治44年に3歳で台湾に渡り、昭和8年に早稲田大学仏文科を卒業、恩師の吉江喬松先生から「台湾で独自の日本文学を打ち立てることこそ男子一生の仕事だ」と励まされて台湾に戻り、台湾日日新報社で学芸欄を担当する傍ら、文筆活動を始められ、昭和15年に「台湾文芸家協会」を設立して「文藝台湾」という機関紙を創刊して台湾の文化・風俗を取り入れた詩や小説を発表した作家であることがわかりました。

 そうしたなかで2018年6月21日、先生のご自宅をお伺いいたしまして、西川満様の思い出話などをお聞きしました。その一つが、当時三歳であった西川潤先生の片言を採取した詩集「カタコトの歌」であります。西川満様の潤先生に注がれる愛情の深さを感じるとともにとてもほほえましく思いました。

 

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 また敗戦により西川潤先生ご一家は、昭和21年4月に台湾の基隆港からアメリカの上陸用舟艦リバティー号に乗って引き揚げて来られるのですが、当時10歳の潤先生は肺炎に罹っていて万一の場合には水葬を約束させられたそうであります。また引き揚げを見送る台湾の人々が当時日本語の使用を国民党政府から禁止されていたにもかかわらず、日本語で蛍の光を合唱して送ったというお話をうかがい感動しましたことを覚えております(下の写真は立石鉄臣画伯の絵)。

 

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 西川潤先生のご自宅を訪問した後の7月に会津若松市福島県立博物館で「西川満」展が開催されまして、そのシンポジュウムで台湾の真理大学名誉教授の張良澤先生と西川潤先生が対談されました。その中で張良澤先生は「台湾文学を作ったのは西川満先生である」と発言されており、そこまで西川満様が評価されているのかと驚きました。そんなこともありまして、わたしは2019年4月22日から28日かけて台北、台南を訪問いたしましたが、ご興味のある方は、このブログの「西川満をめぐる台湾の旅(1)台南編&(2)台北編」をご覧いただきたいと思います。

 

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 さて西川潤先生は若いころから弁舌さわやかで颯爽としていて憧れの先生でした。先生は早くから「西欧的近代とは何か」を探求し、ベストセラーの名著「飢えの構造」(1

974年ダイヤモンド社)などで近代の西欧の経済システムが発展途上国の犠牲の上に成り立っているという問題意識のもとで南北問題に取り組んでこられました。

 

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 先生がそうした問題意識を持たれたのは、西川家の来歴も一因ではないかと思うのですが、「西川潤年譜」(「社会科学を再構築する」明石書房)によりますと、フランスに留学中に雑誌「エコノミスト」の特派員としてアフリカ諸国を取材した際のことが下記のように記されています。

 

ニジェールの市場でマーケット・マミーたちの賑やかな店が並ぶ裏側で、痩せさらばえた老婆たちがわずかな野菜を数点汚れたむしろに並べて坐っている姿が瞼に焼きついている。第三世界の裏側に第四世界があることを知った。ちょうどラテン語と古ドイツ語文献の読解に疲れていた時でもあり、またこの旅行でヨーロッパ近代資本主義の形成にアフリカ植民地の果たした役割が大きかったことに目を見開かれたこともあって、学問的関心がヨーロッパ経済史から南北問題に移行した。

 

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 西川潤先生は、近年においても「共生主義宣言」(2017年コモンズ)や「2030年未来への選択」(2018年日本経済新聞出版社)などを出版し、積極的に発言してこられました。

 先生は「2030年未来の選択」のなかで、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals SDGs)を取り上げており、今日の世界的なグローバリゼーションの潮流のなかで、格差の増大、貧困・失業の増大、テロ続発、気候変動と異常気象、災害の増大、それに伴う不安感の増大、国家主義の台頭を挙げ、近代世界システムは21世紀に入り、行き詰まっており、市民革命以降守られてきた自由や人権や民主主義などがないがしろにされ、自己破壊への動きを強めているように見受けられると警告を発しています。

 また先生は同書のなかで無秩序な森林開発が進行したため、野生生物が抱えていた病原菌が人に触れること、また他方では開発優先で保険医療や教育に関心が向かわないことから感染症が容易に拡がると述べており、今日の新型コロナウイルス蔓延の脅威を予言した形となっています。

  ここで思い出すのが、今年の元旦に放映された「NHKスペシャル/10 Years After 未来への分岐点」です。この番組では今後10年の間に気温上昇を1.5°C以内に抑えられないと、北極の氷が溶け、アマゾンの熱帯雨林が枯れた草原に変貌し二酸化炭素が大量に放出され、シベリアの永久凍土が融け、地下のメタンガスが爆発して大気中に放出し、21世紀末には平均気温が4℃以上上がり「灼熱地球」となるというものでした。

 また3月31日の日本経済新聞には「サピエンス全史」の著者で歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏がコロナ後の世界として感染防止という名目で「監視対象が『皮膚の上』から『皮下』へと一気に進むきっかけにもなりかねない」と全体主義的な監視態勢が敷かれるかもしれないと警告しています。

 これらディストピアな世界がすべて杞憂に終わればいいのですが、今日のコロナウイルス蔓延の脅威を見ていると、必ずしも楽観はできないのではないかと思われます。

 西川潤先生は、こうした危機的な世界のなかで「私たちは否応なしに人類としての倫理が問われる時点に立っている」、「ここで倫理(ethics)とは、善悪の問題ではなく、主体がどのように世界に働きかけるか、その基本姿勢、精神の持ち方を言う」、「未来は占うものでなく、私たちがどのように関わり、何をどう選択するかによって決まる」と述べておられます。

 もしわたしたちが今回の新型コロナウイルス蔓延の脅威から学ぶことがあるとするならば、分断を進める指導者ではなく、世界を持続可能な発展に導く、倫理観のある指導者を選ぶことではないでしょうか。

 最後に西川先生は先進国と途上国だけでなく、首都圏と地方、男女間という内なる南北問題にも早くから目を向けられ、理事時代に社会人、留学生、女性を重視する大学院アジア太平洋研究科を新設し、早稲田大学ダイバーシティの進んだ大学となる先鞭をつけられたことも西川先生の素晴らしいところだと思われます。

  西川潤先生は国際フォーラムに参加するためスペインを訪れ、その地で客死なされました。それは最後まで経済学者として生きた先生らしい、壮烈な死だと思われます。享年82歳、安らかにお眠りください。

 

 

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© 錦光山和雄AllRightsReserved

 

 

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横山美術館の講演会が5月17日に延期になりましたのでよろしくお願い致します。

  鴛鴦飛翔図ティーポット  錦光山宗兵衛   「ギャラリー史(ふみ)」所蔵

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 皆様には大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんが、

名古屋の横山美術館様のわたくしの講演会「世界に雄飛した京焼・京薩摩ーその魅力を

探る」が、新型コロナウイルスの影響で当初の4月5日から5月17日(日)へと延期され

ることになりましたのでお知らせいたします。

 詳しくは横山美術館様のホームページをご覧くださいませ。

 

 当日、横山美術館様のご好意で拙著「京都粟田焼窯元錦光山宗兵衛伝」の即売会が開

催されることもあり、重複を避ける意味もありまして、

講演会用資料も、

・江戸時代から幕末の京焼

・明治時代のジャポニスムと京薩摩の誕生

・1900年パリ万博と改革の時代

という内容から

・花鳥図、瑠璃地金彩様式、花尽し文様、アール・ヌーヴォー様式など

 錦光山作品の変遷とその特色

に重点を置いたものに変更し、またそれらの作品をできるだけ多くの画像で紹介させて

いただきたいと考えております。

 ということで、ご迷惑をおかけしますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

 なお冒頭の画像は

 美術商の「ギャラリー史」の高橋親史様からお借りした錦光山の「鴛鴦飛翔図ティー

ポット」の画像であります。色合いが素敵で、可愛らしく、とても気に入りましたの

で、お願いして掲載させていただいたものであります。講演会資料にも使わせていただ

く予定であります。高橋親史様どうも有り難うございます。

 

 ○©錦光山和雄All rights Reserved

 

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ミュージカルCATS:再生への物語・Touch me、 you'll understand what happiness is

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 ミュージカルCATSを、ロンドンのウェストエンドの劇場で、役者が舞台を降りてすぐそばまで来て演じてくれたりして見たときも、出張でシカゴの劇場で見たときも、猫たちのアクロバティクな踊りに魅了されたり、”Memory"の歌唱の素晴らしさには痺れましたが、ストリーはよくわかりませんでした。

 驚いたことに、昨年、劇団四季の日本語上演で見たときも、日本語にもかかわらず、いまひとつ判然としませんでした。そんなこともあり、評価はあまり芳しくないようですが、映画CATSを見たところそのストリーがよくわかりました。

 

 ある満月の夜、ロンドンの片隅のゴミ捨て場(ラッセルホテルが出てくるので、その近くか)に、若くて美しい猫ヴィクトリア(Victoria)が捨てられます。そこで、ヴィクトリアはジェリクル・キャッツと呼ばれる、人間に飼いならされることを嫌い、自由に人生を楽しむ個性豊かな野良猫たちと出遭います。

 その夜は奇しくも、

 Jellicle cats meet once a year

   夜明け前に、新しい人生を生きることのできる一匹の猫を選ぶ特別な夜だったのです。

 若くて臆病なヴィクトリアは、お兄さんのような猫マンカストラップに導かれて、華麗な歌と踊りで雌猫を虜にするラム・タム・タガーやおばさん猫、グルメ猫、マジック猫などとともに夜明けまで歌い、踊るのです。

 

 ーヴィクトリアを演じるフランチェスカ・ヘイワード(Francesca Hayward)は、とても愛くるしくて、臆病で初々しいヴィクトリアの感じがよく出ていたと思います。彼女は英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルですから、踊りも軽やかで素晴らしいものでした。

 

 ジェリクル・キャッツたちが歌い踊るなかで、それを遠くからじっと見つめている一匹の猫がいます。それは誰からも愛されず、追放された年老いた、娼婦猫グリザベラ(Grizabella)です。ヴィクトリアは、打ち捨てられたような娼婦猫グリザベラに気づき、近づいていき、一緒に歌い踊るように誘(いざな)います。

 グリザベラが部屋のなかに入ると、部屋の空気は一変してしまいます。立ち去ろうとするグリザベラはそこで最初の”Momory”を歌います。

 All alone in the moonlight

   I can smile at the old days

   I was beautiful then

   I remember the time I knew

  What happiness was

  Let the memory

  Live again

  あの頃、わたしは美しかった

 幸せとはなにか知っていた

 

 若い頃を回想して歌われる”Memory”は、切なく響きます。

 

 それをじっと見つめていた、雌猫の長老オールドデュトロノミーが "The Moments of Happiness"を歌います。

  そのなかに、

   We can assign to happiness the past experience revived in the meaning

 幸せの一瞬は、過去のおこないの意味を問うことでよみがえる

 というフレイズがあります。

 そして最終章で、いよいよ新しい命を授けられる猫を選び、発表する場面となります。

 そこでグリザベラが再び”Memory”を歌います。

 Daylight I must wait for the sunrise

   I must think of the new life

   And I mustn't give in

  When the dawn comes tonight will be a memory 、too

  And the new day will come

    夜が明ければ今夜もメモリーになり

 新しい日々が始まる

 

 そしてさらに歌います。

 Touch me

    It's so easy to leave me

   All alone with the memory

   Of my days in the sun

   If you touch me you'll understand what happiness is

  Look a new days has begun

 

 世界(わたし)に触れれば

 新しい日々は始まっている

 

 同じ”Memory”でも最初に歌われた”Memory”とは意味合いが違います。

 そして、ジェニファー・ハドソン(Jennifer Hudson)の絶唱が胸に響きます。

 

 ここでは詳しく結末は書きませんが、

 愛くるしいヴィクトリアが、貧しく打ちひしがれていた娼婦猫グリザベラに手を差し伸べたことで彼女を救済と再生に誘ったとだけ記しておきましょう。

 

 今回、CATSが、誰でも持っているメモリーをキーワードとして、人々との共生による救済と再生への物語であり、それゆえに多くの人々に愛されてきたミュージカであることがよくわかりました。

 

 CATSの元になったT・S・エリオットの詩集「Old Possum's Book of Practical Cats」にはストリーはないそうで、イギリスの作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーがストリー性をつけたようです。

 最後にT・S・エリオットの有名な一節を引用しておきましょう。

  The  Waste Land

  April is the cruellest Month

 

   荒地

 四月が最も残酷な月

 

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 ○©錦光山和雄All Rights Resereved

 

 

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横山美術館講演会「世界に雄飛した京焼・京薩摩ー魅力を探る」

・錦光山宗兵衛(Kinkozan Sobei) 後列左(Left) 上絵花鳥図花瓶 

 前列左(Front Left) 上絵金彩燕図花瓶  前列右(Front Right) 上絵金彩蓮図花瓶

・帯山与兵衛(Taizan Yohei)    後列右(Right)  上絵金彩花鳥図花瓶 

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 以前のブログでもご紹介しましたが、4月5日に横山美術館様で講演会「世界に雄飛した京焼・京薩摩ーその魅力を探る」が開催されます。

 

 わたしと祖父・錦光山宗兵衛との出会いなど、できればプロジェクターを使用しまして、画像をなるべく多くして、ご参加される皆さまが肩が凝らないようにしたいと考えております。

 

 誠に申し訳ございませんが、講演会は3月4日から電話による事前申し込みで先着60名様となっておりますので、よろしくお願い申し上げます。

 横山美術館様の「京焼・その技が歴史をつくる」展は3月14日から6月15日まで開催されております。

 なお、横山美術館様で同展開催期間中にわたしの拙著「京都粟田焼窯元錦光山宗兵衛伝」が販売されておりますが、4月5日の講演会終了後、サイン・即売会も予定されておりますので、ご興味のあるお方はよろしくお願いいたします。

 

 また今回の講演会は、高木典利先生が顧問をされていて、わたしがそれまであまり評価していなかった祖父・錦光山宗兵衛の作品を見る眼を変えてくれたというご縁があります「近代国際陶磁研究会」の第80回定例会にしていただいております。畏れ多くも有り難いことと感謝いたします。

 

 また昨日、横山美術館様からわたしが寄稿しております「京焼・その技が歴史をつくる」展の図録が送られてまいりました。それを見ますと、錦光山作品は約33点ほど展示されるようですが、帯山与兵衛や乾山伝七などの作品も展示されようです。それらの作品を実見できると考えますと、今から楽しみであります。

 

 横山美術館「京焼・その技が歴史をつくる」展の図録


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 横山美術館「京焼・その技が歴史をつくる」展の図録の寄稿文


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 ○©錦光山和雄All Rights Reserved

 

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横山美術館「京焼・その技が歴史をつくる」展開催:Kyoto Kiln・The Task touched the History by Yokoyama Art Museum

横山美術館 「京焼・その技が歴史をつくる」展 ポスター

The Poster of Kyoto Kiln・The Task touched the History  by Yokoyama Art Museume

(c)Copyright  横山美術館

 

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  名古屋の横山美術館で今年3月14日から6月14日まで「京焼・その技が歴史をつくる」展が開催されます。

 

 わたしが横山美術館を意識しましたのは、平成24年(2012)に瀬戸市美術館で開催された「明治・大正時代の日本陶磁」展において

 錦光山宗兵衛(七代)のアールヌーヴォー調の「盛上網文葡萄図花瓶」および「上絵草花文双耳花瓶」を眼にして、

「なんとモダンで繊細な作品なのだろうか、現代においても古さを感じさせない作風ではないか、よくぞこの作品を日本のコレクターが持っていてくれて本当に有り難いことだ」

 と感心し、誰がこんな作品を持っていてくれたのだろうかと思っていたところ、その二作品が横山美術館の所蔵となったことを知り、いつか訪れたいと思ったことに始まります。

 

盛上網文葡萄図花瓶  七代錦光山宗兵衛

Vase with mesh and vine design, Moriage      Kinkozan SobeiⅦ

(c)横山美術館

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 そうしたなかで、昨年6月に幕末以降の日本の近代陶磁器を一つひとつ実見することにより再評価しようという活動を展開されている「近代国際陶磁器研究会」でお世話になり、「錦光山ほど多種多様な陶磁器を作った窯元はいない」とおっしゃっておられた、多治見の「平正窯」の陶器師で近代陶磁器研究家の高木典利様の工房にお伺いして、錦光山作品を見せていただくとともに貴重なご意見を拝聴させていただきました。

 

 その折に横山美術館で「煌めく薩摩」展が開催されておりまして、その精巧さと華麗さで世界を驚かせたSATSUMAの選りすぐりの作品を見ることができました。

 思えば、人とのご縁は、心のなかで念じていますと、不思議なことに、目にみえない糸に導かれるがごとくご縁が繋がっていくような気がいたします。

 

 横山美術館の今回の「京焼・その技が歴史をつくる」展の全容はわたしもまだ存じ上げませんが、錦光山作品が35点±αほど展示されるようで国内では画期的な展覧会になるのではないかと思われます(オックスフォード大学・アシュモレアン博物館でも今年明治工芸展が開催される予定)。

 また下記の2つのポスター画像を見ますと、錦光山宗兵衛の「上絵金彩花蝶図花瓶」だけでなく、乾山伝七の「上絵金彩花図花瓶」、帯山与兵衛の「上絵金彩花蝶図飾壺」、松風嘉定の「朝顔図蓋物」、京都陶磁器試験場「艶消釉マジョリカ風花瓶」など錦光山作品だけでなく、京焼の名品が展示されるようですので期待が高まります。

 

横山美術館  「京焼・その技が歴史をつくる」展 ポスター

The Poster  of Kyoto Kiln ・The task touched the History by Yokoyama Art Museum

(c)Copyright 横山美術館

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 横山美術館 「京焼・その技が歴史をつくる」展 チラシ

 The leaflet of  Kyoto Klin・The Task touched the history by Yokoyama Art Museum

     (c)Copyright  横山美術館

 

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 最後に、今回恥ずかしながら、わたしは横山美術館様から図録の寄稿文および講演会の依頼を受けました。

 学芸員でもないわたしにこうしたお声掛けをいただまして、恐縮至極ではございますが、これも目に見えない不思議な糸に導かれたご縁の賜物と考え、

 わたしといたしましては日夜制作に励んでおられる陶芸家、漆芸家、画家、金工などの造形作家といった美術・工芸家の方々の応援をさせていただくつもりでお引き受けさせていただくことといたしました。

 横山美術館様の図録の寄稿文および講演会につきましては、わたしなりに考えて「世界に雄飛した京焼・京薩摩ーその魅力を探る」とさせていただきました。

 もとより、浅学菲才で不勉強の身ではございますので、どこまで皆さまのご期待に沿えるものになるかわかりませんが、拙著「京都粟田焼窯元 錦光山宗兵衛伝」でも触れております、

 ワンダーランドとなってしまった錦光山宗兵衛の世界への遥かなる旅、わたしの出会ったことのない曾祖父と祖父、錦光山宗兵衛との邂逅の旅

 をひとつの軸にしていきたいと思います。

 またもうひとつの柱としまして、江戸時代から幕末、幕末から明治、大正、昭和の激動の時代を俯瞰し、また海外の評価、世界トップクラスのSATSUMAのコレクターの動向にも触れていきたいと思います。

 さらに、できましたら講演会ではプロジェクターを使いまして、秘蔵写真を含めまして錦光山作品や工場風景などなるべく多くご覧いただけるようにいたしまして、わたしなりにまとめさせていただく所存であります。

 ご興味があれば、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 横山美術館 京焼・その技が歴史を作る展 講演会ちらし

 The leaflet of lecture  meeting of Kyoto Kiln・The Task touched the History by Yokoyama Art Museum

 (C)横山美術館

 

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セントルイス万博の錦光山:Kinkozan in St.Louis Exhibition 1904

 色絵菊花文透彫花瓶 七代錦光山宗兵衛  アシュモレアン博物館蔵

 Art Nouveau style vase with chrysanthemum  Kinkozan SobeiⅦ

 Ashmolean Museum 、University of Oxford

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 皆様、新春をお慶び申し上げます。

 今回、第五回内国勧業博覧会日英博覧会に続きまして明治37年(1904)に開催されましたセントルイス万博の錦光山宗兵衛作品に触れてみたいと思います。

 宗兵衛は、セントルイス万博で釉下彩の作品を中心に48点を出品し、503ドルの売上を得ていますが、同展で京都サロンが設けられことになり、そのでき具合を検分するために同展を視察しています。

 

 清水三年坂美術館「SATSUMA」の『錦光山宗兵衛ー京薩摩の立役者』のなかで現・北野天満宮宝物殿室長の松原史さまは「七代錦光山、セントルイス博覧会に出品し大賞を受賞。商標には1200人の職人と50人のデザイナーを要する日本で一番大きな陶器の工房兼輸出業者であると記述されている。博覧会終了後はそのまま米国視察をして帰国」と書かれています。

 

 今回、美術商の「ギャラリー史」の高橋親史さまが、セントルイス万博の錦光山作品の写真を送ってくださり、宗兵衛がどのような作品を出品したのかその一端がわかりましたので感謝いたします。

 下の写真にありますように、ひとつは八手の葉を器面に巻いた「陶器 花瓶 金剛拳」です。もうひとつは「陶器 花瓶 梅切透」です。

 なお、明治36年(1903)開催の第五回内国勧業博覧会でも宗兵衛はアールヌーヴォー調の「棕梠葉切透」や「桐花葵切透」を作っていましたので、1900年のパリ万博以降、アールヌーヴォー調の切透物を精力的に製作していたものと思われます。

 

陶器 花瓶 金剛拳  七代錦光山宗兵衛

Flower Vase, Pottery    Kinkozan SobeiⅦ

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陶器 花瓶 梅切透   七代錦光山宗兵衛

Flower Vase、of Plum-tree pattern、 Pottery    Kinkozan SobeiⅦ

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 両画像とも白黒で鮮明ではないので、「透かし彫り」がどのようなものか鮮明なイメージが湧くように、ご参考までに、冒頭の写真にありますようにオックスフォード大学のアシュモレアン博物館の「色絵菊花文透彫花瓶」をご覧いただきたいと思います。

 もうひとつの「梅切透」につきましては宗兵衛の作品ではありませんが、下の写真にありますように初代諏訪蘇山作の「釉下梅透彫花瓶」をご覧いただきたいと思います。

 初代諏訪蘇山は明治33年から錦光山工場の改良方顧問をしておりましたので、パリ万博視察でアール・ヌーヴォーに衝撃を受けた宗兵衛が改良方顧問の初代諏訪蘇山とともにアールヌーヴォー調の透彫作品を製作していたと推察され、同じような作風であると思われます。なお、初代諏訪蘇山は明治39年に錦光山を辞し五条坂で製陶業を始め、後に帝室技芸員に選ばれるのですが、四代諏訪蘇山の諏訪公紀さまにお会いした際に、初代諏訪蘇山はたとえどんなに貧乏しようとも「職人は筆とヘラさえあれば食うに困ることはなし」と言っていたという話を伺って、初代諏訪蘇山の古武士然とした潔さに感服した記憶があります。

 

釉下彩梅透彫花瓶 初代諏訪蘇山

Vase with Plum-tree pattern     Suwa SozanⅠ

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 次に下の写真にありますように「陶器 花瓶 菊花窯変」です。この時期にやはりパリ万博で衝撃を受けた釉薬技法の「窯変」が出来ていたという確証になる作品かと思われます。

 

陶器 花瓶 菊花窯変   七代錦光山宗兵衛

Flower Vase, of Chrysanthemum pattern Pottery    Kinkozan SobeiⅦ

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 最後に敬愛する大阪歴史博物館の中野朋子さまに送っていただいた明治37年発行の大日本圖按協会の雑誌「圖按」22号と24号によりますと、セントルイス万博で京都の出品数が多数を占めたのは「工業学校と実業界との接近と陶器試験場の効果」であり、錦光山宗兵衛の作品では八手切透の「金剛拳」を「甚だ佳なり」とほめていますが「梅切透」は「感服せず」と書かれています。

 

聖博出品美術工芸品品評  「圖按」第24号

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 新年も可能なかぎりワンダーランドとなってしまった錦光山宗兵衛の世界を巡る旅を続けたいと思いますので、皆様、よろしくお願いいたします。

 

(ご参考)

紅葉図花瓶  七代錦光山宗兵衛

Vase   Kinkozan SobeiⅦ

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