
第79回カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した「急に具合が悪くなる」は、久しぶりに見た生真面目すぎるくらい真面目な映画だと思いました。
パリの介護施設の施設長、ビルジニー・エフィラが演じるマリー・ルーは、パリの街角で、岡本多緒演じる舞台演出家の真理と偶然出逢います。
マリー・ルーは、認知症の人々にも魂と知性があることを尊重したケアするために、「見る」「話す」「触れる」「立つ」を重視する「ユマニチュード」という介護技法を導入したいと考えているが、現場スタッフからは人手不足やリスクから現実的でないとの反発され衝突するなかで、施設長としてどうしたらいいか思い悩んでいます。一方、真理は余命半年のステージⅣのガンを患っており、死を意識しながら自分が生きている間に何が残せるのか思い悩んでいます。
二人は、相手が特別な存在であることに気づき、困難にどう向き合っていったらいいのか、時の経つのを忘れて語り合います。
それは、パリを散歩しながら、あるときはマリー・ルーの介護施設であったり、また夜のセーヌ川の川辺であったり、さらには初夏の真理の故郷である、京都の山村の家であったり、その家を眺められる山の上であったり、場面を変えながら、ただひたすら会話を交わすのです。
夜のセーヌ川の川辺の風景や朝雲のたなびく京都の山村の風景などは詩的で素晴らしい映像であることを付け加えておきたいと思います。
その会話のなかで、資本主義は富の蓄積のために絶えず外部を市場化していき、民主主義は資本主義と一体化して機能しなくなっているなどという、およそ商業映画では予想もできなかった硬い話も展開されることに驚かされます。しかし、それ以上に二人が語る表情がいいのです。二人のフランス語と日本語がちゃんぽんに混じった会話は驚くべき自然体であり、生き生きとして画面に引き込まれていくのです。
さらに、その会話を通して人間誰しも避けて通れない老いの問題、とりわけ認知症の人々の秘められている感情をどのようにすれば自然に引き出すことができるのか、また認知症の人々を魂を持つ存在としてどのように扱っていけばいいのか、この映画は、逃げ出したくなる、これらの問いから逃げずに真摯に問い続けるのです。こんな生真面目な映画をつくる濱口竜介監督はやはりすごいと言えましょう。
そして、この映画は二人の会話を通して、われわれは有限な時間のなかに生きていて、いま生きている一瞬一瞬が大切であり、また最後の「自由の庭」と称される介護施設の庭に繰り広げられる「劇」で、人々の「[触れ合い」や温もりが、いまや分断とフェイクに溢れている現代においても必要であることをそっと気づかせてくれるのです。
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