ゴーデンウィークということもあり、武相荘に行って来ました。
武相荘という名前は、武蔵の国と相模の国の国境にあるので、武蔵の武と相模の相を取って武相とし、読み方はひとひねりして、無愛想をもじって武相荘(ぶあいそう)としたそうであります。白洲次郎という男は、なかなかユーモアのある人物であったようです。
武相荘は鶴川駅から歩いて15分くらいの小高い武蔵野丘陵にありました。
白洲次郎は昭和18年にこの茅葺きの養蚕農家だったところに引っ越して来たといいます。白洲次郎はイギリスに留学してケンブリッジ大学に学んだそうで、かなりのシティボーイであったようだ。実際、白洲次郎が若い頃乗った同型のモダンな車が展示されていました。
現在、ミュージアムになっている藁葺きの母屋は撮影禁止なので写真は撮れませんでしたが、サンフランシスコ講和条約を受諾したときの吉田茂首相の文書が残っていて、そのときに白洲次郎が英文だけで書かれていたGHQの文書に激怒して日本語に書き直させたようです。白洲次郎は日本国憲法の成立に関わったようで、日本国憲法がこうした人々の努力により成立したことは忘れてはならないことだと思います。また優れた文章を書いた白洲正子の本棚に囲まれた書斎も残されていて印象的でした。
母屋のまわりは散策路になっていて、竹林がありました。散策路を歩いたあと、バー&ギャラリーがあったので、そこを見学しました。
そのあと、せっかく武相荘に来たのだから、レストランで白洲次郎が好きだった親子丼を食べようということになり、だいぶ待たされそうだなと思いながら待ちました。驚いたことに3時間近く待たされたのですが、次郎の親子丼は鶏肉がコリコリして美味しく、待っていた甲斐はありました。
帰り際に駅近くに鶴川香山園というのがあったのでちょっと寄ってみようことになり、行ってみると、日本庭園があり、和風の建物もあったので、そこでコーヒーとパウンドケーキを食べて帰りました。
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