2025-06-01 「実さえ花さえ」朝井まかて この小説は、向島でなずな屋という、苗木や花の種を育てる種苗屋を営む、新次とおりん夫婦の物語です。 なずな屋の新次は、女が誰でも振り向くほどの男前なのですが、若い頃、江戸城お出入りの植木商で当代随一の花師を抱えて、世に「千両様」と謳われる霧島屋で花師の修行をしたことがあり、そこの一人娘理世は筒袖に裁衣袴(たつつけばかま)を腰高につけ花師の修行をしている変わり種であったのです。 そんな新次夫婦に、日本橋の上総屋のご隠の六兵衛から快気祝いの引出物として新種の桜草の小鉢を三十鉢、代金三十両という破格の値段で注文されます。ところが、いろいろな邪魔が入って思うようにいきません。どうやら霧島屋がなにかと邪魔建てをしているらしいのです。 新次とおりん夫婦がどうしたもんかと思案していると、新次の幼なじみの留吉、お袖夫婦がやって来て、あろうことか夫婦喧嘩をはじめるのです。止めに入ったものの、逆上したお袖が、新次が若い頃、花師として修行をした霧島屋のお嬢さんの理世と結婚すれば良かったんだと、とんでもないことを口走ってしまいます。 それを聞いておりんはショックを受け、外にふらりと出てしまい、墨田川の屋台で桜草の土代わりに寒天を使い、鉢ではなくて木箱を使うことを思いつくのです。おりんの機転でなんとか桜草を納めることができたのです。 そんな日、上総屋の六兵衛から、新次は、三年に一度、浅草寺で開かれる「花競べ」に何か出品しないかと言われ、いろいろ考えた末に紫の実があでやかな木を出品することにするのです。その紫の実の木の名前をどうするかと思案していたとき、少し預かってほしいと言ったまま姿をくらました男の子供、「雀」と呼ばれている少年が「紫式部」という名をつけてくれたのです。 9月10日の重陽の節句の翌日、浅草寺の本堂で「花競べ」が開かれ、新次の出品した「紫式部」と霧島屋の理世が出品した緑と紅葉が色鮮やかな楓の「錦繍衣」が最終選考に残り、新次の「紫式部」が一等賞の「玄妙」に選ばれると、霧島屋の理世の入り婿である霧島屋伊兵衛治親が異を唱えます。すると、裁衣袴姿の理世が人波をかき分けて現れて、新次を救い、ふと新次と一緒になりたかった胸の内を洩らすのです。 このほかにも理世は新次を何かと助けるのですが、あまり書くとネタバレになってしまいますので、ここでは、霧島屋の入り婿、伊兵衛治親から三千両を巻き上げて貧しい民や捨て子の救済にあてるようなスカッとした話や、孤高の花師・理世が新次に「案ずるな。後生大事にこの恋を抱えて生きていくなどするものか。来世も契るまい」「実さえ花さえ、その葉さえ、今生を限りと生きてこそ美しい」と低く澄んだ声で告げ、きっぱりと立って襖を引いて去っていったことだけに触れておきたいと思います。 この小説は2008年に朝井まかてが小説現代長編新人賞の奨励賞を受賞したデビュー作だそうですが、霧島屋の理世だけでなく、世話女房のおりんや新次の幼馴染の留吉・お袖夫婦、さらには上総屋の六兵衛、その孫の辰之助、少年「雀」、果ては吉原の花魁「吉野」まで多彩な人物が登場して、いくつかのエピソードを織りなし、人情市井小説として、その新人離れした上手さには感心させられます。 また、私も草木が好きなこともあり、花師を扱った小説には興味が湧くだけに、この小説の最後にはソメイヨシノのような散り際さを感じました。 ○©錦光山和雄 All Rights Reserved #実さえ花さえ #朝井まかて #向島 #花師 #花競べ#墨田川 #浅草寺