天才認知科学者・苫米地英人博士の著書
『オーセンティック・コーチング』(サイゾー刊)
自然災害、分断と対立、格差と差別、フェイク情報の氾濫、いまや生きずらい世の中になりました。そんななかで少しでも、「人生を換えたい」と思う人の生きるよすがとなることが、この本のなかにあるように思われますので、すこし長くなりますが書いてみました。
この本のなかで、苫米地英人博士は、大切なことは現状の外側にゴールを設定することです、それができれば、脳は自然とそのゴールに向かって動いてくれるのです、というのです。
でも、それはとても難しいことですと書かれています。
なぜなら、多くの人にとって、出世したいとか、お金儲けしたいとか、社長になりたいとか、現状の延長線上の仕事かお金がゴールになってしまいがちなのです。
これらは、誰しも抱きやすいものではありますが、苫米地博士はそれはあなたの現状の内側ないしはその延長線上にあるものであり、あなたの現状の外側にあるものではないといいます。そして博士は現状の内側ないし延長線上にあるものを「未来にまで続くあなたの現在を作っているシステム」、つまりブリーフシステムと呼んでいます。
苫米地博士は現状の外側にゴールを設定することの難しさを解消するためにいくつかの頭の整理をしてくれます。
そのひとつが、職業の考え方です。
苫米地博士は、職業は一般的に生活していくための資金を得るためのものと考えられていることに疑問をはさみます。
すなわち、職業は賃金と一体と思われていますが、本来、職業というものは自分の機能を社会に提供するものであり、職業と賃金は分けて考えるべきで、むしろ賃金というのはファイナンスのカテゴリーで考えるべきものといいます。そこが理解されていないと、お金のためというで、職業選択を誤ってしまい、この仕事は自分に向いていな、辞めたいなどと職業に関する悩みがちまたに溢れることになるというのです。
さらに、苫米地博士は「職業とは自分の機能を社会に提供するものであり、お金とは何の関係もない」ということを理解することで見えてくる世界があると言います。
つまり、人間のとって大切なのは、お金にだけゴールを置くのではなく、職業、健康、家族、趣味、ファイナンス、地域社会の貢献、世界への貢献、生涯教育など、いくつかのカテゴリーに分けてゴールを探すことだといいます。そしてそれがバランスホイールだというのです。
なかでも、苫米地博士は、職業と趣味を重視します。というのも職業と趣味には共通した点があり、趣味というのは自分がやりたいことですから、趣味をよく考えることが、職業選択にとってもとても大切だといいます。そしてその際、趣味を探すときのマインドを職業を選択するときに使うと良い結果につながりやすいというのです。
そのほかのカテゴリーのゴールについては、苫米地博士は、社会性の帯びたものが望ましい、また先程出てきたお金の問題は職業というよりも、ファイナンスというカテゴリーでのゴールにしてもよいのではないかといいます。
なお、博士は、現状の外側にゴールを設定することの難しさは、個人よりもコーポレートコーチングの方が難しいと述べています。
企業は営利体として利潤の極大化を目指していますし、どうしてもそちらに引っ張られがちなりますし、社員にコーチングを受けさせても見返りとして生産性向上を求められたりします。このため、博士は社長みずからコーチングを受けることが大切だといっています。
この点に関しては私見ではありますが、ソニーの前身であった東京通信工業の設立趣意書が参考になるのではないかと思います。
その設立趣意書には「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」と書かれていて、また経営方針には「不当なる儲け主義を廃し……」とまで書かれているのです。
企業が利益の極大化をゴールに設定しても、外部の人にはうれしくもなんともないですが、「自由闊達にして愉快なる理想工場」と言うゴールは素晴らしく多く人の共鳴するのではないでしょうか。
少し話はそれましたが、次に苫米地博士は、ブリーフシステムについて述べ、そこで「自分が重要だと思っているものしか見ることができない」心理的盲点、スコトーマに触れています。
スコトーマは誰にでもあるもので、その人の評価基準で見えるものの優先順位が変わり、重要なものは活性化してよく見え、そうでないものは不活性化されて、よく見えなくなるといいます。それは脳の基底部あるRASという情報ノフィルターの働きによるものだといいます。
では、ゴールを現状の外側に設定するために、自分のブリーフシステムを変えるにはどうすればいいのでしょうか。博士は、人間というものは、コーチを含めて他人がいう言葉ではそんな簡単に変わらず、自分が心から「変わりたい!」と思うことではじめて変わるといいます。
そしてそのためには、自分が心から変わりたいという内省言語を喚起させることが大切で、コーチチングでも広い意味で非言語的コミュニケーションを使うことが大切だと苫米地博士はいいます。
次に博士は、「ゴールを達成する自己評価」であるエフィカシーに触れています。博士は「エフィカシーを上げましょう」という言葉がよく使われていますが、多くの人がセルフ・エフィカシーを上げられずに悩んでいるのではないかと指摘します。そこで博士は、これまであまり使ってこなかった「エスティーム」という、高く評価するという言葉にふれ、これを再定義して、自分が持っているゴールを誇ることでエスティームを高め、ひいてはセルフ・エフィカシーを上げられるのではないかというのです。
さらに博士はセルフ・エフィカシーを上げるだけでなく、多くの高いエフィカシーを持った人が集まって、コレクティブ・エフィカシーを結集することによって、もっと凄い、これまで見たことのないようなゴールを立ち上げようと提案して、博士自身の「世界から戦争と差別をなくす」というゴールのために、インターネット上にサイバー国家をつくり、少数民族の人々の安全や暮す権利を守る活動にも触れています。
また博士は、「自分にとって居心地のいい空間」であるコンフォートゾーンに触れ、人間は、物理空間であれ、情報空間であれ、コンフォートゾーンを維持しようとする、ホメオスタシスという恒常性維持機能があり、現状から出るのをさまたげるといいます。それでも、博士は、現状の外側に出ましょう、コンフォートゾーンの外側に出ましょう、そうすれば、盲点であるスコトーマが外れ、ゴールに向かうヒントや方法論が自然に見えてきますというのです。また現状のコンフォートゾーンを出た先の新しいゴールに見合った、新しいコンフォートゾーンを作りましょうというのです。
その際に大事なことは、「新しいゴール」はまだ漠然としてリアル感に欠けるので、「新しいコンフォートゾーン」を臨場感を持って、イメージすること、リアルにイメージすることによってホメオスタシスの働きで「新しいゴール」がどんどん近づいてくるというのです。
苫米地博士は、最後に、コーチングはカウンセリングやメンタルトレーニングとはまったく別物で、人生を丸ごと変えて、新しい世界に行くための方法論だといいます。そしてゴールを設定するやり方として利他的なゴールを設定することを勧めます。利他的な思考をめぐらせることが、いままでのコンフォートゾーンから自然に出ることをうながすというのです。そして博士は「コーチングとはその人の人生を変えるだけでなく、世界を変えるものなのです。私たちの住んでいる世界をより良く変えることが人生を変えることにつながっていくのです。コーチングのコアはここにあると私は思っています」という言葉で締めくくっておられます。
まさに本書は、コーチングの奥義を極めた、オーセンティック、本物のコーチングの本といえましょう。